石巻の出版社だからこそ出せる「奇跡の一冊」へ向けて

株式会社口笛書店 代表日野 淳さん

巻組との関わり

巻組の賃貸物件「日和が丘 木の家」、「神楽坂WM」を利用

■大嫌いだった石巻に戻って出版社をつくるまで

2019年6月に石巻で口笛書店という出版社を立ち上げました。いまは、一冊目の本を出すための準備をしながら、それまで東京で携わってきた編集・ライティングの仕事も続けています。普段の住まいは石巻の日和山にある「木の家」で、仕事で東京に行ったときの拠点は「神楽坂WM」。いずれも巻組さんの物件で、とても気に入って利用しています。

生まれ育ちは石巻ですが、昔は地元が大嫌いでした。こんなところで死んでたまるか、というくらいね(笑)。僕は小説家になりたかったんですけど、石巻にはそういう「文化的なもの」が全然ないと思っていましたから。大学で東京に出て、大手出版社に就職。書籍編集を担当した後、文芸カルチャー誌の創刊に携わり、長らく編集長を務めました。

華やかな世界ではありましたよ。著名人との付き合いも多かったし、バブル景気を引きずったような接待も普通でした。もし2011年の東日本大震災がなかったら、僕はいまでもそういう世界にいたかもしれない。でも、地震と津波でめちゃくちゃになった故郷の姿を見て、考えが変わりました。ものすごいショックだった。大嫌いは大好きの裏返しだったと、そのとき気づいたわけです。そして次第に、被災地の惨状と東京の自分の生活とのギャップに堪えられなくなっていきました。

それで2013年、ついに会社を退職。今度こそ小説家になろうと思って辞めたんです。どうせ死ぬなら自分にしかできないことをやらなきゃって。でも全然書けなかった。生計のためにフリーのライター・編集者として仕事を始めましたが、そちらの方も忙しくなってきて、いつまで経っても書けない。

そうやって悶々としながら5年が過ぎたころ、父が病気になりました。それがきっかけで頻繁に石巻へ帰省するようになったら、ここなら落ち着いて自分の小説を書けるかもしれない、と思い始めたんです。それで執筆用の部屋を探したところ、仲間とシェアして使えるちょうどいい場所が見つかった。そうだ、ここで自分の小説を出す出版社をつくろう、と思い立ったのはなかば衝動的でした。ここから世の中をひっくり返すような、奇跡の一冊を出すぞ、とね。

■二拠点生活を続けながら「奇跡」を探す

そうして東京と石巻の二拠点生活が始まると、石巻にも実家以外の生活拠点が欲しくなってきました。と同時に諸事情で東京の自宅を引き払うことになり、急遽場所を探す必要に迫られたんです。このとき巻組さんに出会えたのは本当に幸運でした。すぐに入居したいけれども入居期間は未定という状態だったので、ふつうの不動産業者では難しかったでしょうね。初期コストを低く抑えられたのも助かりました。

神楽坂WMは、石巻で出会って以来仲良しのUK君(WM住み込み管理人)を通じて知り、使わせてもらうことになりました。WMのリビングスペースは打合せにも使えるし、人と食事もできます。周囲にはテイクアウトの飲食店も豊富ですしね。駅徒歩2分なのに隠れ家みたいなおしゃれな一軒家ですから、ここを訪れた人はみんな面白がって、また来たいと言ってくれます。

石巻でも、ちょうどリノベーションが終わったばかりの一軒家が日和山にあるというので、見に行ったら一目で気に入りました。ここは2階から海が見えるのもいいですね。庭の手入れは大変だけど(笑)、ウッドデッキでビールを飲みながらぼんやりしていると、自然の気配を感じるというか、大げさに言えば自然とのつながりが感じられる。これまでの自分の生活にはなかった時間が過ごせて、ありがたい環境です。

二拠点生活には移動時間やコストがかかりますが、それが無駄だとは思っていません。石巻と東京、異なる価値観の間を行き来することで生まれる新しい発想や思考があって、それをもたらしてくれるのが移動時間だから。また、出版社としては東京ではなく石巻にあるということ、つまり場所の希少性がひとつのブランディング要素になるはずだとは思っています。
東京にも拠点は持ち続けますが、いま僕が身を置いていたいのは石巻。海があって山があって、人同士の距離が近い。そういう環境の中で、自分の納得のいく本を作っていきたいと思っています。あ、奇跡の一冊はまだ出せていません。でもいま、石巻から全国へ「奇跡の物語」を探しに行くプロセスをパッケージした本をつくろうとしています。いつ奇跡に出会えるかは分かりませんが、いまの暮らしはとても気に入っています。それで十分かもって思い初めている自分がいるのがちょっと怖いですけど(笑)。

(2021年9月取材)

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